【宝塚市】宝塚の地名の由来となった「宝の塚」はどこ?しかも二つあるの?
「宝塚」という名前の由来として、そのそばで物を拾うと幸せになると言われる塚があったという伝説があり、実際、宝塚市域にはたくさんの塚(古墳)がありますが、言われとなった塚の場所は特定されていません。
しかも市内には、宝の塚と言われるものが2か所あります。
まずは、御殿山にある「宝の塚」の碑。
初めから「伝承地の一つ」と言っており、ここに何かがあったということではないようです。
平成9年には現地調査も行われましたが、遺跡や遺構は発見されませんでした。
もう一つ、宝梅にある宝の塚は、現在は宝梅中学校の敷地内にあります。
現在幅約6.5m奥行約5m高さ約2mの古墳のような石室で古くから宝の塚として永く市民に親まれているものである
昭和39年10月吉日建立 宝梅園農場株式会社
明治30年代~大正時代、この辺りの傾斜地には果樹園が次々と誕生しましたが、宝梅園もそのうちの一つで、梅の名所として「宝塚八景」にも選ばれる観光地でした。
ちなみに、この場所の南西約200mの地といえば、宝塚聖天付近にあたります。
「宝塚」という言葉が最初に使われたのは明治20年頃、開湯した温泉地に「宝塚温泉」と名付けたことでした。
その後、鉄道が敷かれたときに駅名に使われたことで宝塚の名が定着しました。
そして何より、大正3年に温泉地の余興として始まった宝塚少女歌劇が、宝塚の名を広めたことは言うまでもありません。
ちなみに、宝塚市が誕生したのは昭和29年のことです。